抑うつやうつは、人間にとって自然な感情状態の一つです。抑うつには、その程度にかなりの幅があります。ですから、抑うつのすべてが抗うつ剤の適応というわけではありません。重篤な自殺念慮や自殺企図を伴う重度のうつを除けば、多くの抑うつは十分に心理療法の適応となります。というか、洞察型の心理療法こそが抑うつ者の人格構造を改善する最も有効な手段でもあります。場合によっては、精神科医を紹介し、投薬と並行して心理療法を実施することも有効です。
こころの落ち込み、抑うつ、うつは、大切な対象を失ったときに生じる悲しみや悲嘆の感情と共通しているところがあります。双方とも、当事者は、悲しみに暮れ、失った対象への思いに沈み、自責的になり、物事や外界への興味や関心を失い、自己の内面に引きこもってしまいます。
自分が対象を喪失したことを悲しみ、悲嘆にくれるなかで、その対象喪失をめぐる自己の体験を受け止め、消化し、最終的にその対象を心の中に再建できるならば、悲しみを抱えながらも、外界への興味や関心を徐々に回復していくことも可能です。しかし、本人にとってこれはそんなに簡単な営みではありません。また、周囲の人たちも、悲嘆にくれるその人を受け止めることに耐えられなかったりします。また、そういう周囲の人たちは、自分自身が悲しみに耐えられないことを意識しないまま、代わりに、相手の人が悲しみを切り離して、一見「立ち直って」くれることを望んでしまいます。要するに、「見ている私が不安になってしまうから、あなたの悲しみを消してくれ」と言っているのですが、それを「相手のため」に言っていると思いこんでしまいます。言われた本人も、そうすることが「正しい」と信じてしまいます。助言した人は相手が「立ち直って」くれたと思って、安心して去っていきますが、残された当人は数か月後に深い抑うつに落ち込んでしまいます。
当人は、抑うつやうつに落ち込みながらも、自分が何を失っているのかが分からなかったりします。失われた対象との関係が複雑な感情を伴っているとき、そうした自己の内面を処理することができなくなってしまいます。すると、喪失した対象を自分の心の中にそのまま取り込んでしまい、そうして取り込んで自己の一部としてしまった対象に対して攻撃的な気持ちを向けて、自責的になってしまうことがあります。そうしたプロセスは本人にも自覚されにくく、出口を見失ってしまいます。